ワールドカップが開幕しました! 

サッカーのワールドカップが始まりました。
私はサッカーにそれほど詳しくない。
まあJリーグで自県のチームを応援したり、ルールもオフサイドやレッドカード、イエローカードくらいは知っている、まあ中の中くらいのものだろう。
そんな私でも日本代表の監督のハリルホジッチ監督を解任し代理で西野監督になったことぐらいは知っている。
そして、解任以降起こった出来事もまあ、人並みには知っている。もちろん深くは知らないし、知ろうとも思わない。

だから、なぜ解任されたかについても本当のところは知らないし知ろうとも思わない。

で、解任以降よく聞いたのが「ワールドカップまでの期間が短くて・・・」という話だ。

私が西野監督に期待することはたった一つである。それはサッカー協会に対しても同じである。

日本が予選リーグを突破出来たらそれは選手と西野監督の手柄だろうし、サッカー協会の慧眼だったのだろう。
一方、惨敗した場合も西野監督の責任であり、サッカー協会の責任でもある。

私が西野監督や協会に望むのは「勝ったときは自分の手柄、負けた時は前任者、あるいは選手の責任」と一切言ってほしくないということだ。または「時間がなかった」というのも一切言ってほしくない。時間がないのに土壇場で切ったのは協会である。

勝ったときは選手の手柄、負けた時は監督の落ち度
これが一番見栄えが良いが、多分にきれいごとだろう。

同じきれいごとなら、むしろ、勝ったときは選手と前任者の手柄、負けた時は監督と協会の責任、とするほうがかっこよい。

ハリルホジッチさんがなぜあれほど怒ってるのかそれは当人でなければわからない。しかし、三顧の礼(大げさか?)で迎えておいて切り捨てるときはあっさり、というのはどうも・・・しかもワールドカップに出られなかったのなら当然だろうが、一応出られるわけだし。私が20代の時ドーハの悲劇があってそれをリアルタイムで見ていたころからすると、日本も満足のハードルが上がったのだなあと思う。まあ別にそれ自体は悪いことではないけれども。


どちらにしても選手に罪はないだろう(多分)。

4年に一度の晴れ舞台、出られなかった国もたくさんある。
そういう人々の分まで全力で頑張ってほしい。

仕事で今日の日本戦は見られないが、応援している。
がんばれ!にっぽん!


追伸)そうはいっても、次の監督も著名な外国人にしそうだ。
まあ日大、相撲協会、官僚見てても組織とはそういうものかもな。

そんなつもりじゃなかった 

こんばんは

日大
レスリングのお偉いさん
セクハラお役人
子供たくさん産めよ~の国会議員


みんな「そんなつもりじゃなかった」

じゃあ、どういうつもりだったのか?


これは、人を殺した人が

「殺すつもりはなかった」というのと同じじゃね?


いやさすがに違うでしょ、と思うなかれ

そういう思考回路の人は

「そういう」状態になったら「そういうのよ」


だれか、潔く、


「あの時はそういうつもりで言いました。でも今考えるとやはり間違ってました。すみません。」


と言えないものだろうか?

「そんなつもりじゃなかった」という言葉は決して罪を軽くする緩衝材にも免罪符にもなってないのになぜ気づかないのか?


いやね、本当に「そんなつもりじゃなかった」としても、これだけ同様の「嘘」が蔓延して使いすぎると


誰一人そう思ってくれないのよ。


だったら、「やりました、でもやはりまちがいでした、同じことをされたらいやでした、ごめんなさい」

といったほうが

幾分



ましじゃね?



世の中の流れは


もりかけいつまでやるのよ


日大もういいわあ


もっと大事なことが・・・云々

って向きもあるけど



長引いてるのは


当事者のせいではないかと






改行厨になったつもりであえていってみる




「いいから、認めてあやまれよ」と。

「そっちのほうが今どきトレンドだぞ」と。

南北が一緒になるということは・・・ 

アメリカのトランプさんと北朝鮮のあの方が首脳会談するとかしないとかで盛り上がっている。

もっと言えば韓国の方はオリンピックもそうだが北と融和政策をとっている。下手すれば南北統一である。
まあ、外国のことなのでそれに対してどうこうは言わない。どこの国がどこの国と仲良くなるかはその国の首脳と国民が決めればいい。

で、仮に南北統一になったとして日本はその統一した国と国交を結べるのだろうか。
ご承知の通り日本は北朝鮮と国交がない。戦後の様々な事情もあり、また拉致問題が大きい。
仮定の話は意味がないだろうが、もし統一したら今までのように韓国はOK、北朝鮮はNGというわけにはいかない。
また統一しないまでも、もしアメリカが北の非核化などを評価して国交を正常化したら日本はどうするのでしょう?

拉致問題を完全に解決する、と、与党の皆さんは言うけれども、どの状態が「完全」なのでしょう?
①拉致された、と、される人が全員帰国する
②北朝鮮の調査によって拉致した人が全員帰国する

①にしろ②にしろ拉致が始まって相当たちます。不幸にも亡くなっている方もいるかもしれません。そういう場合、北朝鮮の言い分を信用してあげることができるのでしょうか?私はむつかしいと思います。そうなると「完全解決」は出来ないことになる。
また、①の場合、一昨年だったか拉致されたと思われていた人が日本で生きていたというケースもある。さらに②の場合そもそも北朝鮮の調査自体を信用できるのか?ということになる。とはいえ外国の調査を受け入れるとも思えない。

そして一番重要なのは、拉致被害者の家族の皆さんがほとんどご高齢であるということである。
「完全解決」にこだわるあまり期間が延びて、結局会えずに終わる、と言うことは何とも切ない。
批判を承知で書くが、どの状態を「完全解決」とするかは家族会の皆さんに決めてもらうことも前述の悲劇を避ける方法だろう。しかしご家族の中にも様々な思いがあり一本化するかどうかもわからない。

とはいえ、今度の米朝会談が日本の拉致問題に少しでも進展を与えてくれるのを祈るだけだ。

黙っていても人間に「死」がある以上、家族は身の回りからいなくなっていく。自国他国問わず、誤った国策で家族の喪失が起こることがなくなることも切に祈るしかない。

別にいいけど 

高度プロフェッショナルなんちゃらがどうやら成立しそうである。
まあ与党の向いている方向がよくわかるので別に批判もしないし、勝手にすればいいと思う。(本気)。

ただ、個人的見解として、

この法案を真っ先に適応してほしいのは国会議員や官僚の皆様だったりする。
国の書類を書き換えたり、無いといった書類が出たり、セクハラしたり、らじばんだり・・・

私の記憶が確かならば国会議員の先生や経済界のBIGな方で、過労死した方はいないんじゃないだろうか。

ああそうか国会議員の先生や官僚の皆さんや経済界のお偉いさんのなさる仕事は


プロフェッショナルなんですね。(棒読み)

ついでに、かK学園の件。これは別に身びいきだろうが、忖度だろうが、ずぶずぶだろうが、大した問題ではないと思っている。


一番大切な問題は

Kけ学園の獣医学部を卒業した生徒が、果たして、鳥インフルエンザや口蹄疫などの時に役に立つ公務員になってくれるかどうかである。だってそのために獣医学部造ったんじゃなかったっけ?

今年入学した生徒が都会のペットショップのお医者さんになり、相変わらず動物の疫病の時に医師が足りないんであれば、この学園は〇〇と言わざるをえないし、これに携わった全ての人たちは△△△と言わざるを得ない。
よってこのもりかけ騒動についての私の意見が固まるのは数年後である。


※〇と△には皆様で好きに埋めてください。

全て私の責任 

今日、日大ラグビー部の監督が辞任表明した。
アメフトについては全く詳しくない(大学時代コンピューターゲームでやった程度の知識しかない)。
だから一般論として書きます。
よって業界の特殊性がもしあれば容赦してほしい。

全て私の責任

これが監督の言葉である。

私の50年余りの人生教訓として

言葉は伝えたいように伝わるのではなく、受け手の受け取りたいように伝わる

という法則があるので、この「すべて私の責任」という言葉は受け取り用によって変わってくる。

①私が指示したことなので本当に私が悪い、生徒は悪くない

②私は確かにそういうことは言ったが、あくまでも比ゆ的な表現で言った。でも生徒がそれを言葉通りにとってしまった。起こったことについては監督としての責任があるので「私が責任を取る」

③私はそんなこと言った記憶はないが、こうなってしまった以上監督として責任を取る

①~③では完全に意味が違う

で、マスコミの記者は①か③のどちらかを期待している。
①だった場合、何でこんなに発表が遅れたのか?をさらに追及するだろう
③だった場合、「でた、トカゲのしっぽ切、生徒を切り捨てたな」ということで、さらに追及するだろう。

②が一番マスコミ的に面白くない。でも監督側はここで落としたい


で、ネット上では日大のタックルをした生徒の名前も、監督からこういわれたみたいな証言はいくらでも出ている。
ネット上の無責任な正義感によってなぜか日体大にクレームが来ているという報道もある。
※ちなみに私はこのブログで再三言っているようにこう言った事件で第三者が当事者にクレームを入れたり励ましを「匿名で」入れることは反吐が出るほど嫌いである。

このタックルをした生徒は、自分の意志でタックルをしたのか、監督の指示があったのか、監督の指示を曲解したのかそれはわからない。でもこの生徒にも未来はある。いや、なければいけない。

虱をつぶすように、または緩衝材のプチプチを一個づつつぶすように、マスコミの正義感によって、傲慢な正義感を「匿名で」振りかざすことが、それによってこの若者の未来がなくなってしまうことが、どれほどの意味があるのかわからない。

意地の悪い見方をすれば、被害者の生徒(Aとする)がこの事件では完治したとしても、この後、別の理由で腰などを痛めて、ひょんなことで「あいたたた・・・」と腰をさするだけで、「ああ、あの事件で…」と周りは判断するかもしれない。

つまり、軽はずみな行動は、被害者、加害者、両監督、あるいは両大学、さらには名前が似ている大学にまで影響するのである。

当事者どうしでいかようにでも戦えばよい。しかし当事者でもない人間が無責任にマスコミの報道を頼りに「思う」分には全然かまわないが匿名で何らかの行動を起こすことは慎むべきだろうとは思う。