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追悼、根津甚八氏

2016.12.29 (Thu)

こんばんは

冬期講習会も今日で前半が終わりました。
夜、一人で、もそもそと大掃除。
机の上がだいぶきれいになりました。

明日1日ゆっくりしてあさっては実家へ。

今年は世の中はいろんなことがあった一年でしたが、私の方は人生で初めて骨折するわ、血液検査で入院を勧められるわ。

ああ、これ死ぬのかな、と思いました(わら・・・えない)

細木某の本によると来年は悪いらしい。(コンビニで立ち読み)
これ以上悪いってことはマジで死ぬのか?

世間では下衆不倫から始まってSMAP、舛添さんから小池さん、リオから東京、地震も多かったし。


そんな中急な訃報が。

根津甚八さん

渋い役者さんで最初に見たのはやはり黄金の日々だったろうか。

でも先日このブログでも紹介したゴト師株式会社での主人公君島さん役が一番見ている。

だっていまだに家で見るし


水谷豊さんの若いころっぽい感じで好きでした。(実際は根津さんの方が年上)

でもニュースを見るともう69歳だったんですね。

私の知っている俳優さんが次々と亡くなっていきます。



ご冥福をお祈りします。


このブログも更新最少記録を更新しました。

来年はどうなるのかなあ…
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かつて好きだったもの その2

2016.12.21 (Wed)

こんばんは

いや~。今年もあと10日を切りました。

あ、年賀状買ってない…

汗)


さて前回に引き続き前は好きだったものを書きます。

二回目の今日はF-1です。

F-1を最初に見たのは大学生のころです。

ちょうどフジテレビで中嶋悟が参戦することでF-1を放送しだしたころでしたが、私がはまりだしたのは、マクラーレンホンダにセナとプロストがいたころで、かつ、両方とも強かったため仲が超悪かったころでした。
ちなみに中島悟のロータス最終年からです。ちなみにセナと中嶋は87年チームメイトでした。

最初こそロータスはホンダエンジンでしたが、最終年はエンジンの提供がなくなり、非力なジャッドエンジンになりました。

でも今でも記憶している最終戦。それは中嶋のロータスでの最後の試合。(オーストラリアGP)
豪雨の中始まったレースは主要なレーサーが次々とスピンする中、古館アナが言っていた納豆走法で追い上げてもう少しで表彰台の4位でフィニッシュします。

しかし鮮明に記憶しているのはこの試合で日本人初のファストラップをたたき出していることです。小林が最近更新するまで日本人唯一のF-1でのファストラップでした。
日本人らしい走りで、中嶋を応援し続けました。この後決して強くないティレルへと移籍して91年に引退します。

基本日本人を応援するのですが、あの頃はドライバーが面白かったので雑誌を読みふけりました。
古館アナ曰く音速の貴公子アイルトンセナ、日本人に愛され不幸にもレース中の事故で亡くなりました。亡くなった日、記憶が確かなら大分に戻った年(94年)塾から戻ってニュース23を見た時事故映像が流れてショックを受けたはずです。大分はフジ系の夜のスポーツニュースがネットされてなかったのです(夜のニュースはTBS、日テレ、朝日)。
さらにはプロフェッサーと呼ばれたアランプロスト。教授の名にふさわしい考え抜かれたレース運び。速いというより上手いレーサーでした。
暴れん坊、ナイジェルマンセル。英国紳士であるはずなのに走りは豪快そのもの。いつだったか忘れましたがピットから出た後好感したばかりのタイヤが外れたり、同じ年にゴール(チェッカー)目前でエンジンが止まって優勝を逃したり黒旗無視したりとなんというかドラマティックなレーサーでした。

ネルソンピケ。かつては中嶋のチームメートでしたが、実は3回もチャンピオンに輝く名ドライバー。私が見始めたころはもう晩年でした(だから強くないロータスに来た?)。しかしチャンピオンの名は伊達ではない。90年の日本GP(鈴木亜久里が表彰台に立ち、中嶋も6位になった)でセナとプロストが衝撃的なリタイアでいなくなった混乱のレースで当時ベネトンにいたピケが同じブラジル人のモレノと二人で1、2を決めた試合。あれは鮮明に覚えてます。ちなみに当時のベネトンのマシンはロリーバーンのデザインで団子っ鼻のようなノーズが特徴でした。

ミハエル・シューマッハ。確か緑色で7UPの広告が目立つジョーダンチームあたりからのデビューだった。ジョーダン、ベネトン、フェラーリと移籍するごとに強くなる。7回も年間チャンピオンになり特に2000年代のフェラーリ時代はやばいくらい強かった。引退後不幸な事故で一時は生命の危険もささやかれたが幸運にも一命をとりとめたらしいが表舞台には出なくなった。個人的にこの人は将棋の羽生さんとかぶる。それくらい強かった。

著名な人以外で印象に残っているのは数人いるが、一人、と言われれば、リカルドパトレーゼを挙げたい。古館曰く鉄人。出走回数が多く、無事これ名馬の典型で、速さも持っている。先ほど書いた中嶋の雨のオーストラリアGPでは中嶋の数秒前を走っていて私は不謹慎だが「パトレーゼ!滑れ!リタイアしろ!(そうすれば中嶋が表彰台になる)」と願っていたが、さすが鉄人。最後まで粘った。当時の盟友でそのレースで優勝したティエリーブーツェンとともに90年代全盛期になる少し前のウィリアムズを支えたレーサーだ。

さていつから見なくなったのだろう。佐藤琢磨がBARホンダで出ていた頃は欠かさず見ていた。いやそのあとのスーパーアグリの悲壮なまでの奮闘も見ていた。そう、スーパーアグリが撤退したころから急速に興味が減退した。だから最近の日本人ドライバーをほとんど知らない。

第一ポイントのつく入賞が8位までになったあたりから心が離れた。今回調べて知ったことだが、今では10位までポイントがつくらしい。出走台数にもよるが2人に1位はポイントつくじゃない?
しかも、2014年は最終戦のポイントが倍になるなんてシステムだったらしい。なんだ、そのバラエティ番組のクイズみたいなシステムは。

やはりポイントは6位までだな。

ちなみに見ていた頃は私も含めにわかファンが多く、人気もあり、参入チームが多かったため予選の前に予備予選まであった。(足きりで予選に出られないチームがある)。

先日ジェンソンバトンが引退したそうだ。ジャンアレジもとっくにいない。ルーキー時代をこの目で見た選手がいなくなる。私も年をとったのだな、と思う。ジャンアレジと言えば後藤久美子(ゴクミ)は元気だろうか…

追記)雨のオーストラリアGPもセナプロ追突の日本GPもマンセルのタイヤ外れ→黒旗もすべてユーチューブで見ることが出来る。良い時代になったものだ。

そういえば、チーム乱立時代にライフというチームがあった。普通エンジンはV8、V10、V12などエンジンのシリンダーをV型に置くのだがW12型というエンジンでエントリーしたのだった。仕組みはなんとなく理解したはずだったがもう忘れた。奇抜だったのか日の目を見ずにこのチームは消えた。要は…F-1は資金力がすべてではないがかなり重要だということだろう。
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かつて好きだったもの 一つ目

2016.12.14 (Wed)

最近どうも気分が乗らない。

ブログも楽しいことを書きたい。

そんな中動画サイトで、ある動画を見てこれを書こうと思った。

かつて好きだったもの

その1つ目

今日はプロレス

小学校時代、馬場の全日、猪木の新日とどちらもTV中継があった。それどころか(確か)月曜の夜はキックボクシングもやっていた記憶がある。真空飛び膝蹴りなんて技もあったし(どうやるのかまでは知らない)。

猪木VSアリも見た。世紀の凡戦と言われたが当時はビッグネームの対決を見ていた。やはり日本人だから猪木を応援していたはずだ。

でも基本私は全日派だった。

馬場というより当時の最強レスラーのジャンボ鶴田が大好きだった。
バランスの良い体から想像できないほどの機敏な動き。でかい体から出てくる豪快な技(バックドロップはすごかった)。
当時間違いなく最強だったと思う。
途中で天龍が抜けるのだが、その二人の対決も好きだった。

ちなみに馬場、猪木の両方に勝った唯一の日本人が天龍だ。

外人も良いのがたくさんいた。中でもテリーゴディー、スティーブウィリアムスの二人と日本人の対決が好きだった。

そして全日ではなんといっても四天王を抜きにして語れない。
三沢を筆頭に川田、小橋、田上。

中でも僕は川田が大好きだった。

4人の中では小さい体で残りのでかい人たちとバチバチと対決する。
外人もでかい。

その熱気は大学社会人と続いた。

社会人時代はプロレス雑誌も買っていた。ゴング、週プロあとコンビニで売ってるプロレスの新聞(確か週刊ファイト)。

そんな私のプロレス熱の分岐点になったのが馬場さんと鶴田さんの死だった。

そしてその後やってきた全日の分裂。

あれはびっくりした。嘘だと思った。
いわゆるそういったスキャンダルはどっちかというと新日の方だろうと思っていたし(ファンには失礼だが)、大好きな四天王が分裂するなど思いもしなかった。

それどころか主要レスラーの大多数の方が出ていき新団体を作る(プロレスリングノア)ことになり、全日に残った主要レスラーはベテランの渕と私の大好きな川田だけだった。
いくら川田が良いレスラーと言っても外人と渕、川田では試合を組めないのではないか。
組んでしまった何個かの会場は出ていく側(三沢グループ)が出てくれることになったが、それも急場しのぎに過ぎない。

結局新シリーズはインディーズやフリーのレスラーをかき集めてしのいだはずだ。

私は迷いなく川田の残った新日を応援することに決めた。

そして残った川田全日は大きな決断をする。

決して交わらない二つの団体を交流させる。
馬場と猪木が分かれて以降、記憶が確かなら一切交流しなかった二つの団体が交わった。

小さくなったとはいえ四天王の一人が残ったことで実現した新日VS全日。
それは2000年新日の10・9東京ドーム大会で実現した。私はコアなファンではないがこの日付だけは覚えている。
もちろん録画だが試合も見た。雑誌は全誌買った。

今でもあの試合が人生最高の試合だと思っている。
川田に対して当時新日のIWGPのベルトを持っていた佐々木健介。正直健介の試合はファンには申し訳ないが大味な感じがしていた。新日なら三銃士(蝶野、橋本、武藤)がいるじゃないかと思っていた。でも当時ベルトを持っていたのは健介だし、頂上対決は間違いない事実だった。

試合は今でも何度も見るほど強烈なものだった。健介に不満だった自分が間違っていたと思った。
すごい試合だった。そしてとうとう川田が勝った。
最後の抑え込みは、フォールというより川田が倒れて動けない健介の上に乗った感じで将に全力勝負の試合だった。

鳥肌が立った。

やはり川田のファンで正解だった、と思った。

それから交流戦は何度も続いた。全日に武藤、小島が来て川田はフリー宣言を経てハッスルなどのエンタメプロレスにも出ていく。

そんな中、2005年。日付は忘れたがノアに川田は乗り込む。
そしてもう二度と交わらないと思っていた川田VS三沢が実現する。

私は分裂以降ノアはあえて見ないようにしていた。(TV放送は全日からノアに移っていて私は見ないようにしていた)

久しぶりに見た三沢だった。

正直試合は三沢のコンディションが良いとは言えなかったと思う。でもこの二人の蹴りとエルボーの当たる音。えげつない角度で投げる技。全盛期を過ぎた二人の、しかし、全日の黄金期をささえた二人の30分弱の間の交流は説得力があった。


残念ながらそれから数年して三沢は試合中の事故で永眠し、同じころ川田もプロレスから距離を置いたため、もう二度と交わらない線になった。

川田が休養宣言して私はプロレスを全く見なくなった。雑誌も、東スポも買うのをやめた。

先日久しぶりに深夜の新日の放送を見たらほとんど知らない選手ばかりだった。

四天王も現役はいなくなり、新日の三銃士の橋本も他界した。

昭和末期から平成初期の私のプロレス熱の頂点は、やはりあの川田・健介戦だったのだろう。同時にあれがフィナーレでもあったのかもしれない。

プロレスには世間ではシナリオがあるとか(俗にいうブックやアングル)、ガチじゃないとか様々言われるが、そんなことはどうでもいいのですよ、ファンにとって(少なくとも私にとって)。
プロレスが格闘技の中で相対的にどうかなどは興味もない。プロレスが私の中で最強であればいいのであって、それは「何かに比べて」最強である必要がないのだから。
馬場の全日に惹かれるのはそういう意味のない競い合いをしなかったスタイルかもしれない。

なお文中敬称は省略しました。ご了承ください。
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数年ぶりの激怒

2016.12.13 (Tue)

こんばんは

しばらく更新さぼってました。

特に変わったこともないのですが、夜補習で来た中学生の私語が止まらず、大噴火

いや~、しかられてない生徒も引いてました。

マジックを床に投げて床を汚しちゃいました。

なんというか、勉強しに来て「話すな」と言われて話す気持ちが理解できない。

とはいえ、まだまだ私も修行が足りない。

もう少し穏やかにできないこともなかったかもしれない。


ということで精神修行のため本日おみくじ作成を今からいたします。

ちなみに×2

本日バイトの先生の給料日。
来てた先生は一人なので2人分の袋は私が持ってますが、今年も先生たちに給料を無事に出せました。

とにかくこの仕事は信用が第一。

何とか今年も先生たちに不義理はせずに年を越せました。

ボーナスまでは出せませんが…
00:48  |  日記  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

2

2016.12.12 (Mon)

23:50  |  日記  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

師走だどぉ~(しんちゃん風)

2016.12.03 (Sat)

今日は箇条書きで

親にうそをついてどうするの?

すぐばれるにきまってるのに

相変わらず感じ悪い仕事上の付き合いがあるTという人
あまりの感じ悪さに闘志がわいてきたよw

修学旅行のお土産もらった(ほろり)

親にお礼を言ったら逆にお礼を言われた(ほろり×2)

師走になった。

50歳の師走。

あと十年後は全く予想がつかない。

生きてるのかすらも。


今年も早かったなあ・・・

冬期講習の準備しないと

日曜日は社会の受験用講座があるので準備しないと。


「東京」五輪が迷走中

船頭多くしての典型だ

そんなに新しい箱ものほしいのかねえ

これで予選負けしたら。まあいいけど

小池さんもまあまあ抵抗したがやはりあのボスには負けそうです。

何しろ加藤の乱があった時も、支持率最低だったときも辞めなかった人が相手ですから。

悪評高い?(前)民主党のH元首相やK元首相なんてかわいいもんだ。

とはいえ小池さんも相当な方ですからこれからどうなるのでしょうかね


東京五輪は出だしからいろいろありましたねえ。

エンブレム騒動

国立競技場問題

ボランティア制服問題

で、費用の高騰問題と各種競技場問題

これで税金上がったらぶちきれだなあ


大体アスリート側のえらい人(大体前選手)は作れっていうよね。


民主党政権時代に事業仕分けしてた時にいろんな人が税金にたかってたのがわかったが
スポーツもなかなかだなあ。

まあ自民党政権は景気さえよくなれば税金じゃぶじゃぶOK系の政党だからねえ。
現にお金系の問題が多いしね。

いや別にお金使ってもいいんですよ。


でもさ、失敗したらだれか責任取ろうよ。

年金だってなんだって、誰かのせいで人生が狂った人がいるんだから、為政側の人も人生狂わせるべきじゃない?


そのくせ、政治不信を嘆いてる。

原因は国民側じゃないし





師走だなあ…
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