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今日は懐かしい政治の話

2011.06.06 (Mon)

こんばんは
今日は月曜日
昨日は筋肉痛で、寝てる間ものたうちまわってました。
今日は起きる時こそそれなりに痛みましたが、ここはチャンスとばかりにスクワット30回しときました(苦笑)。
どうせ半年もたてば稲刈りでまたあの痛みがやってくるわけですし(笑)。

さて病院経由で塾へ。

小学生、中3、中1と5時からほぼ休みなしで9時半まで授業でした。

先週今年度初めてのコンピューターテストが返ってきました。
中1にとっては完全に初めてですから、答案用紙を返却するたびに「ひゃ~」「うぎゃ~」という何ともいえない悲鳴が聞こえてきて収集するのが大変でした(笑)。

さて、今日は昨今のニュースで思い出した昔話を。
政治ネタです。お気にならない方だけ続きをどうぞ。

More・・・

菅総理の辞任時期が内外の噂になってます。

不信任可決寸前での早期辞任表明で一転不信任案否決。すると一転色気が出てきたりして。そうかと思うと党内でもそれは無理筋とばかりに早期退陣論が出てくる、と。

私的には先日も書いたように、自民であれ民主であれもちろんその他の小さな政党であれ、政治家に期待することは100歳のおじいちゃんに100m10秒で走ることを期待するのと同じ行為だと(つまり無駄に終わる)思っています。

しかし、政治は国の根幹にかかわることですので、一通りは勉強もして選挙などはかかさないという立ち位置です。

世間で喧伝されているほど民主党の政治でひどい目にあった経験もないですし、かといって得をしたこともありません。よく、独身なんだから子供手当てに腹が立たないのか?と言われますが、そもそも、あんなものに一々腹を立てていたら40数年も生きてこれません。それこそ政治をシャットアウトする以外にないと思います。
1999年ごろだったと思いますが自公政権の時あった「地域振興券」、それから竹下政権の時の「ふるさと創生事業」として各市町村に1億円をばらまいたこともありました。もちろん市町村合併の遥か昔ですからその額たるやもう…。

先日の不信任案で思い出したのは二つ。
一つは菅降ろしならぬ「三木おろし」
1975年から翌年にかけて起こった自民党内の倒閣運動です。
詳しいことはウィキペディアでも見ていただくとして(笑)田中角栄総理の退陣をうけて、椎名悦三郎副総裁が三人の候補者(大平、福田、三木)から三木を選び、三木内閣が誕生。しかしその後強い世論の後押しを受けて田中角栄氏の事件(ロッキード事件)の真相解明を強めようとし、同派閥議員から不満が出て、この「三木おろし」につながります。この時も今回の民主党のように党が分裂寸前まで行きます。原因は三木総理の粘り腰。これは今の菅総理なんてもんじゃありません。退陣を迫る人たちを前に「次の総理候補は決まっているのか?」などということを平気で言う位です(苦笑)。当り前ですが候補者が複数いますから「私が…」なんて言えるわけない。
結局、解散ができないまま、戦後初の任期満了の総選挙で敗北し退陣しました。
もうひとつは「加藤の乱」
1999年、国民からの不人気具合では菅さんも真っ青の当時の森総理に、今回と同様同じ党内から野党の出す不信任案に同調する動きを見せたのが加藤紘一氏と山崎拓氏およびその派閥議員でした。原因はあまりの森総理の低支持率と自らの地位もあったでしょう(当時は与党内の非主流派でした)。
加藤・山崎両氏はマスコミ、ウェブなどを通して戦略を語り一躍ヒーローになります。時節柄マスコミの次の総理にふさわしい(笑)っていうあの意味のない奴の上位常連組でした。
また当時若手の反経世会(竹下派)の中心的存在だった三人(山崎、小泉、加藤、いわゆるYKK)の二人でしたから世間へのインパクトも大きく、一時は小泉(元総理)も取り込むかに見えました。しかし一転小泉氏は不信任反対に回ります(まあ裏切り見たいなもんでしょうか)。執行部の強い切り崩しもあり結局、作戦失敗が確定したため、野党の出した不信任に「賛成」できず「欠席」どまりになります。これにより二つの流れが起こります。一つはこのことが後の「小泉総理誕生」への大きなポイントになったこと。もうひとつは総理が有力視されていた加藤、山崎両氏は結局総理になれなかったことです(一応なれる可能性はあります、念のため:汗)。

ちなみにこの時、流れを読み、最大野党民主党に不信任提出を促していたのは当時の自由党党首、そう、今回も大きな役割を果たした小沢さんでした。変わりませんね~この人も(苦笑)。
で、さらに作戦失敗で「欠席作戦」をしていた加藤山崎両派がホテルに詰めている時、領袖の二人(加藤・山崎)が単独で除名覚悟で賛成票を入れようとしたときに、涙を流しながら「あなたは大将なんだから、一人で突撃なんてだめです」と止めたのが今の自民党総裁の谷垣さんですね。

要はですね…政治家の今の佇まいや主張は仮の姿だと、その時代や立ち位置でいかようにも変わることを見聞きしてはっきりと確信しているから、政権交代に甘い幻想を持たないし、ましてや自民党、民主党やその他の党の美味しい話にも全く期待しないのです。自民党内の女性でリーダー格の小池氏だって今まで6つの党を渡り歩いてますし(政界渡り鳥)、現政調会長の石破さんだって6つめの移動で自民党にブーメラン。それどころか民主党の有力議員の多くは自民党出身ですし、先日マスコミに菅さん退陣論を寄稿した参院議長の西岡さんなんて無所属を入れると党を変わるのは10回に手が届きそうです。そんな良く言えば君子豹変、悪くいえば風見鶏みたいな人が良識の府の議長をやっている。剛腕小沢氏はあいも変わらず作ったり壊したりを繰り返してる。鳩山さんはおじいさんの一郎さんの言った「友愛」を引用して国内外をひっかきまわして選挙寸前で辞めてしまう。今の党勢の悲惨さのきっかけは自分であるのを忘れ、現執行部に対立する。約束を守らないのは「ペテン師」であるのならば、沖縄問題で嘘をついたのはどうなるのか?総理を辞めたあとは選挙に出ないと言っていたのを一転翻したのはどうなるのか?こういう言動を「お前が言うな」と申します(笑)。で、菅さんはいらいらしながら周りを怒鳴りつけながら自分の好きなようにやりながらどんどん周りから浮いて行く、でいつの間にか必至がかかってしまう。空気が読めない総理はだめじゃね?

こんなもんで政治家をどう信用しろと?

都合が良い時だけ「国民の声」という錦の御旗を与野党ともにあげる。しかし日本の選挙制度では選挙の結果そのものが「民意」なのであって、すでに選挙後はきちんとそれを吸収しているはずなのです。わざわざその都度(移ろいやすい)民意に阿ろうとするからめんどくさいことになる。

今後大連立があろうと、またぞろ政権交代が起ころうと、国民が国民である限りまた同じ繰り返しになると思います。よく政治家が小粒になったとしたり顔で言う人いますが、それはすなわち日本国民総体が小粒になっていることと同義語なのですから。

ただし、大平総理位まではまだ総理に学があった気がします。すなわちその頃までの自民党には張り裂けそうなエネルギーがあったかな、と。

そして最後に、そんなこと言ってる私も、上下左右いろんな立ち位置の人から言わせると「お前が言うな」なのですが(笑)、それはそれ、お互いさまでしょう。

23:59  |  ニュース  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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