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2011年

2011.11.23 (Wed)

こんばんは

今日は祝日ですがテスト前なので塾は開けます。

気分は相変わらず滅入ったままです。
とにかく時間だけしか解決策はないと思います。

それにつけても公私にわたり今年はホークスの優勝以外全く良いことがありません。

今日もまた一人故人となりました。

立川談志(敬称略、以下同様)

落語好きの人間であれば確実に、そうでなくても結構な割合で知名度のあるその大看板は、極めて毀誉褒貶のある方です。好き嫌いと言い換えても良いかと思います。

私もあの口の悪さには若干辟易するのですが、しかしその芸、つまり落語については間違いのないものでした。

私が若い頃若手?落語家四天王と呼ばれ、将来を嘱望された噺家がおりました。

三遊亭円楽、古今亭志ん朝、立川談志、春風亭柳朝が早世したため普通は月の家圓鏡、現橘家圓蔵

そのうち3人が亡くなり今では圓蔵氏を残すのみ。

子供心に立川談志と古今亭志ん朝の落語は感銘を受けていました。

特に初めて聞いた談志の大工調べにはラジオでしたが感動して、そのテープは今でももっています。
やる気があるんだかないだか分らない枕から一転して噺に入ると描写力は素晴らしく、そのギャップは驚くばかりでした。そうかと思うと、これもラジオですが松曳きのあわて者の殿と家老三太夫の絡みが絶妙でした。
その話の描写力の高さは師匠の先代柳家小さん譲りでした。
あのような形で別れてはしまいましたがやはりお互い噺に関しては一級品でありまたそれを認め合っていたのでしょうか。

最近?では芝浜でのオリジナリティで客を感動させたり、まさに一流の話かでありエンターテナーであったのでしょう。

田舎故仕方のないことですが一度くらい直接話を聞きたかったな、と。

慎んでご冥福をお祈りいたします。

今後名跡は誰か継ぐのでしょうか。

圓生氏と同様しばらく継ぐ者が出ないかもしれません。それほど立川談志は立川談志だった、と。

まあ75歳という年は早世ではないのですが、何とも惜しいことです。
23:02  |  日記  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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