何でも「維新団」 

こんばんは

今日は月曜日ですね。

朝夕の風がだいぶ涼しく感じます。
それでも天井が鉄板の自塾は日中はエアコンフル稼働でも暑いのですが。

さて夏期講習なのでへとへとです。で、小ネタです。


今日社会の授業で明治維新の話をしました。
幕末から戊辰戦争、そして西南戦争まで。

薩長土肥の藩閥政治や薩摩出身の維新の両雄西郷隆盛と大久保利通の二人の西南戦争での立ち位置。そして維新の人々の最期がどうだったのか。
西郷隆盛の自刃は数人の生徒が知っているようでしたが、大久保利通の暗殺はほとんど知りませんでした。

思えば明治維新は幕府と新政府と立ち位置が違えば評価がずれるものでしょうが、しかしそのそれぞれが国を思ってのことではあったでしょう。
この維新という言葉、最近では安売りのように使われますけれども、多くの人にとって「維新」=「明治維新」であることは間違いないでしょう。
語源は中国の詩経からきているようですが、私は詳しくはしりません。

さて、今日のニュース記事

>国民を誤解させる=「中京維新の会」名称に―河村名古屋市長
時事通信 8月20日(月)12時49分配信

 名古屋市の河村たかし市長は20日の定例記者会見で、大村秀章愛知県知事が設立した政治団体「中京維新の会」について、「誰が見ても『大阪維新の会』の中京支部だと思われる。国民を誤解させるのはやめてほしい」と述べ、名称を撤回すべきだとの考えを示した。
引用終わり。珍しく時事通信(笑)。

大阪でも維新、名古屋でも維新。

維新とは改革、変革という意味でしょうから、あちこちで「何かを変えたい」のでしょう。

でも作ってきた人たちの責任はどうなのでしょうかね。
人間は木の股から生まれるわけではありません。
人間には歴史があるわけで。

昨日今日の出来事で今日の状態になった訳ではありません。

また、政治は国民が作るものでもあります。


古い歌の歌詞に
「昨日勤王 明日は佐幕 その日その日の 出来こごろ」というのがあります。

また必殺仕事人シリーズのオープニングで
「きのう勤皇 きょう佐幕
きのうほんとで きょうはウソ」ってのもあります。

※勤皇=天皇に忠義を尽くすこと=尊王 佐幕=幕府を補佐する=幕府の味方

どうも私は政治家だけでなく、マスコミ、そして国民も含めて「変わり身の早さ」が鼻につきます。

今の政治や経済が良いものでないことは、そうかもしれません。また閉塞感もあることも事実でしょう。

政治家や役人に問題があることも否定はしません。

しかし、国民として私たちは「今の状況には一定の責任」があるのではないのかなあ、と思うのです。

「維新」という言葉が現状の問題の「免罪符」になっているような気がするのは気のせいでしょうか。 


でもまあ、国民が政治の世界では「新自由クラブ」や「日本新党」など新しいものに食いつき、そして失望するってのは昔からですし、政党政治に失望して5・15事件などが起こり、軍国主義になり、さらには敗戦によって軍に対するアレルギーが起こる、というように振り幅が大きいのは昔からかなあ、とも思います。

懲りないんですねえ…(汗)。

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