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新年になって・・・

2013.01.12 (Sat)

新年になって10日もたつというのにやっと三回目の更新です。

怠けすぎですね・・・

こんばんは


さて塾の方は水曜日から正常に3学期が開始されています。

入試も直前に迫って、私もいよいよ身の振り方を・・・って(笑)。

さて、ニュースで体罰自殺の問題が大きく取り上げられているようで。

正直部活動のあり方についてはこのブログでも時々書きましたので、まあありうる話ではあります。

先生の行き過ぎた暴力はもちろん問題外ですが、誤解を承知で言えばいくら辛かったとは言え、自ら命を絶つことには絶対賛成も同情もできません。

何よりも腹立たしいのが昼のワイドショーのコメンテーターの無責任なコメント。

だったら見なけりゃいいじゃんと、ふと思い(苦笑)、ここ2日ほどTVのニュース、ワイドショーも全く見ておりません。まあ日頃から見る方でもないですが。


部活動などのありかた、もっと言えば、学校生活の中での部活動のバランスをどう考えるのが正しいのか?

「厳しさ」は諸刃の剣なのでしょう。
うまくいっているときは皆からその「厳しさ」が支持され、一度歯車が狂えば犯罪になる。

厳しさのない中で最上の結果を得ることがどれほどできるのか?

先生の体罰あるいは暴力がどの線からになるのか?「愛があればOK」などと言っても見えないものを相手にしても仕方ない。かといって強くなりたいのなら、そこにある程度の縛りは必要でしょう?



だったら生徒はどうすれば「正解」だったのか?
だったら先生はどうすれば「正解」だったのか?
だったら親はどうすれば「正解」だったのか?

毎日(少ないとはいえ)子供や親と接している私も正解がわからないのです。

あるときは、先生の厳しさが「正解」になり、またあるときは逆になる
子供も親も同じことです。

ある人は多少の体罰は大切である、といい、ある人は触るような体罰もいけないという。
では、前者の人も「さすがに今回のはNG」といいつつも「どこからNGで、どこまでOK」かは言わない。
後者の人も「罰がない状態」でどうやって生徒を指導するのか、いわない。あるいは「話せば分かる」などという。


とりとめもない文ですが、そんなことを考えて悶々としています。

最後になりましたが、亡くなった高校生のご冥福をお祈りいたします。
願わくば、生きて欲しかったですが。逃げてもいいから。

ちなみに私授業中に数ヶ月に一回はかならず生徒に言います。

いじめにあったら(相手が誰でも)、親に言え。
言っても解決しなければ逃げろ、と。

絶対に死ぬな、と。

死ねば被害者のようでいて、自分が親を悲しませる加害者になる、と。

まあ塾の先生が「逃げろ」というのもどうかと思うんですが・・・(汗)。

いいじゃん、若いうちの失敗くらい。
逃げて、またスタートすればいい。

若いからこそ許される。

おっさんになって逃げてるのはダメですが・・・って、俺のことか?????(滝汗)。
01:07  |  日記  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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