羽根物天国 セカンドシーズン 第四夜 上 

こんばんは

今日は火曜日。

昼前に知り合いの塾の先生から電話がかかる。
いろいろお話しさせていただいて長くなってしまいました(すみません:汗)。

塾について今日は塾のブログやらHPやらの更新日。
あれやこれやで文章打ちまくる。

火曜日は私の授業が無い日なので、こう言う仕事は今日のうちにやらないと。

で、終わって時計を見るともう7時過ぎてました。

で、今日は久しぶりの趣味企画です。後半で!

昭和末期の羽根物が私にとってのベストな時代だったのですが、あの頃のホールは羽根物、デジパチ(1300発時代)、権利物(まだデジタル権利物が主流になるまえですから役物権利物ですね)、一発台、普通機(いわゆるチューリップ台)、パチスロと共存していました。
当然スロット以外の全ての台が100円から遊べました(店によってはスロットも硬貨でコインが借りられる店もありました)。

あの頃は100円が立派にお金でした。
そして今でこそあまり見なくなった光景ですが床に落ちている球を拾う人が多数いました(笑)。

後はやはり箱ですか。
今はホール内全て同じ箱ですが、昔は小箱があって(200個のものと800個のものがありましたが多くは800個)この800個の箱も硬い透明な箱(青やオレンジや赤や黄色とあった)と少しやわらかい箱(青か赤)とがありました。前者は800個前後ですが、後者は箱が結構変形するので意外と多く入ることもあります。

羽根物を打つ場合、ほぼ全ての台にこの小箱が置いてあり、打ち始め、出るとこの小箱へ入れる。これがいっぱいになると続いて二箱目へ。そして三箱目になると前に出た二箱をたてに置く(横置きのままだと隣のスペースに入る)。さらに四箱目になると足元へ1~2箱移動する。そして5箱目に入ったあたりで打ち止め終了!
ここでドル箱に移し替えてカウンターへ持っていく(当時は球の計数機がカウンターにしかない店が多かった)。

この一連の儀式が羽根物の打ち止めの満足感となるのです。

もちろん今のようにボタンを押して店員が来る、なんて常識はなく(笑)、普通は小箱は自分で取りに行き、最後のドル箱も自分で運ぶのです。

さて当時私が通っていた店では羽根物のモーニングサービスをしていて朝一で1000円分の球を買うと、一回だけ店員さんが手でVゾーンに入れてくれたのです。
これはしばらく続きました。当然出球が多い機種、要は貯留があったり継続率の高い機種の方が得な訳ですね。もちろんそこで得た球を元手にそのまま打っても良いし、得た球を小箱に入れたまま他の台に移動しても良いわけです。
そこで当時私が好んで朝一打っていた機種が今日ご紹介する機種です。

ヒントは多分マイナー機(私の行った店の中では一件しか見なかった。ちなみに当時は打ちまわるのが好きだったので1カ月で10~15件は行っていました。)
メーカーはモナコ(奥村)
貯留はなし、だが継続率は高かった。
大ヒント、宇宙をテーマにした機種

答は明日です。

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