明日は県立病院の通院日 

こんばんは

今日は木曜日

昼頃見知らぬ電話番号から着信

きけば東京のHP作成会社。

無料で作りますけど、HP持ってますか?と。

はい持ってます(自作ですけど)、と。

そうですか、失礼します。


たんぱくだな、と

夜、中1で欠席が3人あった。3人休むとスカスカ感が半端ない。

夕方お母さんの一人が月謝を持ってくる。で、ついでに?成績の話。

で、明日は県立病院の日なので早く帰ります。

後半はいつものですが、今日の曲はストックしてあった最後の7曲目です。

よってこれ以降は週に1回(予定は月曜あたり)の週刊更新にしようと思います。

さて、今日は前からぜひとも取り上げたかったアーティストです。


77年にデビューして70年代末から80年代頭にかけて嵐のようなブームを巻き起こしたアーティストがいます。

今でも活躍されているのですが、当時のブームが嘘のような感じです。

誠に世の中のの「評価」というものは絶対的であり刹那的であり冷酷だなと思わずにはいられません。とはいえ、当人からすれば当時のアイドルのような扱われ方が良かったかについては私にはわからないのですが…



タイム・トラベル    原田真二  (78年4月)
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50年後に残したい音楽たち


原田真二(敬称略)がデビューしたのは77年。オイルショックがおさまり、ニューミュージックが全盛を迎え、スポーツでは王選手(現福岡ソフトバンクホークス取締役会長)が756本のホームランを打ち、初の国民栄誉賞を貰った年です。

私は歳がばれますが(笑)、小学生の高学年でした。

フォーク界の大御所、吉田拓郎に見出され、プロデュースを受けその天才的な作曲能力、端正なルックス、歌唱力、演奏力などなども手伝いあっという間にスターダムにのし上がりました。拓郎氏が手掛けた割にフォークではなくロックではあったのですが、当時の最先端を行くような、どこか日本的でないその楽曲は確かに子供心に感動した物でした。

いわゆる初期のヒット曲の中でもこの「タイム・トラベル」は松本隆さんの歌詞に負けない曲で彼の曲の中でも大好きなものです。今でも車の中の1曲として数週間に1度聴いています。


前述したようにそのルックスからアイドル的な扱いを受けたのは間違いなく、どうやら本人はそれを気にしていたようです。尤も、その端正なルックスや声が無く単に作曲能力や演奏能力だけであったら、当時のようなブームが起きていたかどうかもまた不明であり、悩ましいところです。


ですが、私は男ですし、そっちの趣味もないので、単純に曲の善し悪しで判別できていたのは幸いだったのかもしれません。


80年代に入りフォーライフレコードを最初に離れてからは大きなヒットこそありませんが、他の歌手への提供曲やプロデュースなどを行い、現在でも活動をしています。


この曲の最後に「住めなくなった青い地球」が点になって消えていく、そして、最後はその旅行自体が夢であり、自分と彼女との現実に戻る、という一種の夢オチでありながらその壮大さは格別で、その歌詞を彼の曲が寄り添うようにサポートしています。


初期の曲の中でも私が好きなのはこんな部分かもしれません。


アレンジもストリングスを使って古臭くないので、ぜひ今のお若い方に「懐かしの曲」ではなく「当時の音源」で聴いてほしい曲の代表でもあります。

現実に私の中でこの曲は懐メロなどではないのですから。

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