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マルホン工業について考える

2015.03.17 (Tue)

こんばんは

今日は週明け月曜日

バイトの先生がインフルエンザで休む、と。

仕方ないので、先日バイトに応募してきた卒業生に電話をしてとりあえず頭数は確保。
とはいえ授業は無理なので、生徒にインフルエンザの件を正直に言い、これまでのチェックテスト+答え合わせということで何とかしました。

人を使うのもむつかしい。

さて今日は久しぶりの昭和レトロ企画をしようと思っていたのですが、パチンコ博物館の館長さんのブログでどえらい記事を見ました。
「マルホン工業(株)(資本金1億円、春日井市桃山町1-127、代表和泉靖氏ほか2名、従業員165名)は、3月12日に名古屋地裁へ民事再生法の適用を申請した」

今日はパチンコ企画なんですが、あながち昭和企画とも遠くないので、マルホン工業の思い出でも書こうと思います。

尤もまだ倒産したわけではないので今後復活するなり、他の会社によりブランドが残ることはあるかもしれません。
ですがマルホンを思い出すにはいい機会だと思いますので。

続きは後半で。興味のある方はどうぞ。

More・・・

今ホールは(少なくとも私がごくまれに行くホールでは)牙狼MAXが4シマくらい。海系が6シマ(甘デジ込)。京楽系が1~2シマ、平和系が1~2シマ、慶次が1シマ、その他新台が2~3シマくらい。そしてバラエティコーナー(主に甘デジ)が4~5シマでしょうか。
マルホンは今や残念ながらこのバラエティコーナーにファインプレーと羽根デジの うる星やつら があるくらいでしょうか。

※追記:うる星やつらは奥村でした。お詫びして訂正します。ここで昭和の末期にタイムスリップ


当時のホールはデジパチが1300発機からおまけデジパチが出始めた頃だったかと。
主流は羽根モノ。しかも一発台、デジパチ、権利モノがバランスよく半シマ~1シマづつ。1台だけ導入なんてほとんど見ませんでした。

メーカーはいわゆる桐生御三家(平和・三共・西陣)が多くそれでもそれ以外のメーカーは横一線。九州なので京楽やまさむらが少し多かったでしょうか。でも私の中では三洋(海が出る前)、大一、ニューギン、奥村、豊丸などとマルホンは同列でした。割とよく見るメーカーだったのでメジャーな会社だったのです。

初めて打ったのは一発台のプリズムだかファイターだったと思います。一発台ながらパンク穴がありしかも3つある中央がパンク穴なのです。普通真ん中が当たりと思うじゃないですか。初めて打った時真ん中に入って当たった!と思い泣きそうになった記憶があります。
また同時期に羽根モノのマイジュークボックスも打ちました。なんということもない普通の羽根モノですがまずは落としが1チャッカーではなく、2チャッカーでしてなんか得した思いがする台でした。(まあ実際はそれなりの釘でしょうが…)
しかもV入賞するたびに音楽が変わるという、当時としては画期的な?機種でした。

でもそれ以降マルホンの羽根モノはほとんど打たずに来ます。
記憶しているだけでもクルクルボール、ハッピーバード、そして新要件になって連荘羽根モノのお笑い道場。
いずれも数回打った程度です。

そう、あのファインプレーが出るまではマルホンには羽根モノのイメージがありませんでした。

なんといってもマルホンはデジパチです。

まずは、スリープパート3。おまけデジパチですがリーチアクションが初めて搭載された台だったと記憶しています。
そして少し後に大量おまけデジパチのパールセブンが出ます。攻略法も出たせいかあまり周りでは見ることなく、釘も渋かったのですが3000発程度出る機種で、なんでも店によっては4000発も出る店もあったとか…
ですが周囲では見なかったので、私は当時同様のデジパチとしてはまり込んだ機種があったのです。
それがマルホンのレインボーでした。2桁デジタル、しかも赤数字のぞろ目だけが大当たり。よって左に緑数字が出たら外れ確定でした。その分赤数字ならリーチなわけです。おまけデジパチですが、スリープやパールセブンの横開きと異なり、羽根モノのように開いた入賞口で、羽根先に当たった球が両脇のチューリップにばかばか入るのです。出玉も3000発以上あり一時期はデジパチといえばこればかり打ってました。これが就職した年なので多分平成元年くらい。

時が進み連荘権利モノのダブルゲームなど少し打ちましたが大してはまらず、そうこうしているうちに地元大分に帰ってきたとき(93~94年あたり)すごい機種が誕生します。
ロックンビート。
確率変動も連荘もするなんでもありのデジパチでドットが印象的な機種でした。
この時期は羽根モノが衰退期だったためスロットかこの機種をよく打ってました。
おかげでマルホン=ドットというイメージが植えつけられました。

羽根デジの元祖?ともいえるファンキードクター。大当たり後に○×で時短突入を決めるジャングルハウス。縦並びデジタルのゴーゴーダック。爆裂権利モノで後半は攻略法も出てきたソルジャー。これら全てドットです。

しかも独創的です。でもファインプレー以外ヒット機種がなかった。

昭和の末期に大して違わないと思えた三洋が海シリーズでホールの中核となった時期に差がついてしまった。

やはりアイデァよりもヒットなんでしょうか。
確かにファインプレーと次作の一揆はヒットしました。(ファインプレーは大ヒット、一揆はスマッシュヒット位でしょうか)
でも羽根モノは当時から斜陽分野でしたし、等価、無制限へと流れていく時流に押されてか、ファインプレーだけでなく羽根モノ自体が消えていきました。

マルホンとその他のメーカーの栄枯盛衰はしかし昭和末期から平成にかけてのホールのあり様と深く関連しているのかもしれません。

マルホンのマイジュークボックスとレインボー、ロックンビートもう一度打ちたいなあ…

ありがとう、マルホン工業。復活を祈っています。

01:14  |  パチンコ  |  Trackback(0)  |  Comment(2)

Comment

自分が打ってきた台を作っていたメーカーの倒産の知らせは寂しいものがありますね。

最近の台でもシャカラッシュシリーズ等のヒット作があったのですが、非常に残念です。

マルホンがダメならヒット作が出ていない西陣も将来的に危ないかもしれませんね。
nob |  2015.03.18(水) 15:18 | URL |  【編集】

nobさんへ

さみしいですねえ。本当に。ある意味メジャーメーカーの倒産よりもずっしりと来ます。

>シャカラッシュ
そうそう。私は羽根デジバージョンしか打たないのですが、あの筐体の妙に硬いボタンが印象的でした(苦笑)。

>西陣
西陣かあ…桐生御三家の一角が倒産したら、ある意味本当にやばいでしょうね。
ほりまさ |  2015.03.19(木) 01:20 | URL |  【編集】

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