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今日は信号でつかまりまくった。これはきっと●●のせいだ!

2015.07.09 (Thu)

こんばんは

今日の記事はご意見の相違も多々あると思います。
しかし、誰かを傷つけるために書いたつもりはありません。
もし、不快に思われる方がいれば一応先に謝っておきます。
すみません。
でもこれだけは私の思いなので仕方ありません。

一応本記事とは分けて後半で書きます。

あと巨人のこと書いたら急に強くなりました(汗)

アンチ巨人の私としては困りました。

とりあえず、巨人は強いので、きっと猛打で勝ちまくるでしょう(逆フラグ:汗)。

More・・・

岩手県の中2の生徒がいじめなどが理由と思われることで自殺しました。
先に言っておくことは、たとえどんなに相手に非があっても自殺したらだめ。自殺したらそこですべてが終わってしまう。
いじめたク○のような連中はちょいとバツの悪い思いをしたくらいで多分なにも変わらず、明日から部活や恋や(持ってたら)スマホやラインをするだろうし、多分犬死だと思う。いじめる連中の親も我が子可愛さにこれからも自分の子供をかばい続け、へたすれば第二第三のいじめを助長する。

だから、たとえどんな理由があっても自殺してはダメなのだ。
生きていくことは辛いよ。たぶん。でも頑張らないとね。
学校なんてさぼって良いんだし、人間は、関係ない他人にだけは迷惑をかけない、というルールさえ守っていればそこそこ何とかなります。

さて、その大前提は置いといて、今回の場合「生活ノート」が公開され、先生の方もやり玉に挙がっている。
私は先生の弁護をするつもりは全くないですが、こういったことが起こるたびに、学校が悪い、友人が悪い、○○が悪いと繰り返されるのがどうもよくわかりません。
いじめた●ずのような生徒が一番悪いのは当たり前として(国も早くいじめを罰する法律を作るべきとすら思います)、双方の親には全く非がないのでしょうか?(いればですが)兄弟には?学校の友人には?祖父母には?そして何より本人は?

まるで皆が皆栓を抜いた手りゅう弾を誰かに渡すように「誰かのせい」と言ってるみたいです。

昔、塾の仕事を始めた時に社長からこういわれました。「継続してできないサービスは逆効果になるからするな」と。
こんなことがあったら、これより後、生活ノートをしなければ責められないということでノートもなくなってしまうかもしれません。
確かにこの先生に怠慢があったの「かも」しれません。では模範的な行動を私たちはできるのでしょうか?親は本当に全く気付かなかったのでしょうか?
私が思うのはこの生徒に接するすべての人が人を責める前にとりあえず「誰かのせい」ではなく、まずは「自分にできうることが出来ていたのか」を考えるべきではないか、と思うのです。先生は先生で、親は親で、クラスメイトはクラスメイトで。
そうして皆が冷静になって初めて本質的な責任の所在が見えてくる。それを当事者意識をもって先生なり親なり生徒なりが意識して初めてこの亡くなった生徒の命の価値が出てくるだろうし、生活ノートに形ではなく本質的な意味が出てくる。

何かというと学校が悪い、親が悪い、先生が悪い、政治が悪い、経済が悪い、恋人が悪い、警察が悪い、市役所が悪い、年金が悪い・・・。いやそりゃそうなんだけれども、でも、自分は他人様に言えるほど模範的な生活や人生を送ってきたのか?と。はたして自分は悪くないのか?と。
自分はやっていることを他人がしていなかったとき、そこに「責める資格」が出てくるかな、と。

俺はできねえけど、先生はプロだろ、と。

こういう発想を「やから根性」というのだろうと思います。
これはナイター見ながら三振したバッターをやじるのと何の変りもありません。よってそういう野次と、正確な批判は分けて考えないといけないなあ、と思うのですよ。もちろん三振自体罪がないのでやじっても罪ではありません。でも自殺やそれにまつわる話はどうなんでしょうか。


何にしろ、亡くなったお子さんのご冥福をお祈りします。

いじめで苦しんでいる全国の子供たちへ
死んでは負けですよ。あなたが死んでもいじめっ子の根性など変わらないし、むしろ喜ぶバカもいるかもしれない。
だったらそのバカ面を見続け、軽蔑し続け、自分の反面教師にするのです。
「それをしない」だけで強く、やさしくなれるのです。
世の中には、バカな大人もいて「いじめられる方にも原因がある」=「やむを得ない」なんてのもいます。
嫌いだからといっていじめるってのは意味が分からないし、いじめられても仕方ないなんてどういう理屈か、と。
子供の間は親を頼りなさい。嫌なら逃げなさい。18~20くらいまではまだそれが許されるのですから。

もちろんこれを超えて同じように逃げ回ってると、自己責任になり、世間の風当たりも強くなります。
その間にしっかりと頼るところは頼り、逃げるところは逃げながら、強く、やさしくなってください。
あと数年あるのですからね。
01:11  |  日記  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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