巨星墜つ 

こんばんは

今日は金曜日

個人的にちょっとついてないことがあった昨日と比べて今日は少し良いことがありました。

その凸凹具合が微妙過ぎて我乍らすごいな、と。

なんというか嫌なことと良いことの小ささが絶妙でした。遠目で見ればほとんどまっ平ら、という。

さて、授業が終わってネットを見ると、相撲の北の湖親方が亡くなられたそうです。

私は小さいころからおばあちゃん子だった私はおばあちゃんの部屋でいつもTVを見ていました。
夜は私の好きなものが見られましたが、夕方はおばあちゃんがの好みが優先です。夕方といえば大相撲。

当時は4横綱4大関時代。若貴ブームの遥か昔です。
四横綱は北の湖、輪島、若乃花(二代目)、三重ノ海の四人。
それぞれが個性豊かでした。

私は断然輪島ファンで、黄土色(黄金色?)のまわしが似合ってて、左の下手投げが強烈でした。
ですから黄金の左といわれた訳ですが、そのライバルが北の湖でした。

いやあ、強かったんですよ。北の湖。若くして横綱になり(記録)、横綱時代に勝ちを重ねて、高校時代まで横綱でした。

当時巨人の江川問題があって、やはりどちらかというとヒール系で、江川と(強すぎる)北の湖は好きな人がいないんじゃないか、と思ったほどです。

輪島ファンの私には目の上のたん瘤でした。

で、協会に残った親方を様々なところで記事で見ると、やはりすごい人だったんだと思いなおしました。

八百長問題で本場所が無くなった時も協会の中で奮闘しておられました。

そして最期まで相撲にかかわり続けました。まさに全力投球でした。

謹んでお悔やみを申し上げます。

Comments

北の湖、強かったですよね。その後に大乃国の時代でしたかね。

体調も悪かったんでしょうけど、そんなことを一切感じさせずに死の直前まで相撲に対して献身的に取り組んだ大横綱、ホントに頭が下がります。

謹んでご冥福をお祈り致します。

nobさんへ

>大乃国の時代
そうでしたねえ。あの頃は横綱=日本人で、外国人力士が珍しかったですが、今は上位陣ほぼ外国人ですね。
淋しい限りです。

北の湖は超強かったので、現役時代は正直嫌いでしたが、引退してからは逆にその奮闘ぶりが大好きになりました。

やはり人は見かけによらないものですね…

  • [2015/11/24 00:12]
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