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かつて好きだったもの 一つ目

2016.12.14 (Wed)

最近どうも気分が乗らない。

ブログも楽しいことを書きたい。

そんな中動画サイトで、ある動画を見てこれを書こうと思った。

かつて好きだったもの

その1つ目

今日はプロレス

小学校時代、馬場の全日、猪木の新日とどちらもTV中継があった。それどころか(確か)月曜の夜はキックボクシングもやっていた記憶がある。真空飛び膝蹴りなんて技もあったし(どうやるのかまでは知らない)。

猪木VSアリも見た。世紀の凡戦と言われたが当時はビッグネームの対決を見ていた。やはり日本人だから猪木を応援していたはずだ。

でも基本私は全日派だった。

馬場というより当時の最強レスラーのジャンボ鶴田が大好きだった。
バランスの良い体から想像できないほどの機敏な動き。でかい体から出てくる豪快な技(バックドロップはすごかった)。
当時間違いなく最強だったと思う。
途中で天龍が抜けるのだが、その二人の対決も好きだった。

ちなみに馬場、猪木の両方に勝った唯一の日本人が天龍だ。

外人も良いのがたくさんいた。中でもテリーゴディー、スティーブウィリアムスの二人と日本人の対決が好きだった。

そして全日ではなんといっても四天王を抜きにして語れない。
三沢を筆頭に川田、小橋、田上。

中でも僕は川田が大好きだった。

4人の中では小さい体で残りのでかい人たちとバチバチと対決する。
外人もでかい。

その熱気は大学社会人と続いた。

社会人時代はプロレス雑誌も買っていた。ゴング、週プロあとコンビニで売ってるプロレスの新聞(確か週刊ファイト)。

そんな私のプロレス熱の分岐点になったのが馬場さんと鶴田さんの死だった。

そしてその後やってきた全日の分裂。

あれはびっくりした。嘘だと思った。
いわゆるそういったスキャンダルはどっちかというと新日の方だろうと思っていたし(ファンには失礼だが)、大好きな四天王が分裂するなど思いもしなかった。

それどころか主要レスラーの大多数の方が出ていき新団体を作る(プロレスリングノア)ことになり、全日に残った主要レスラーはベテランの渕と私の大好きな川田だけだった。
いくら川田が良いレスラーと言っても外人と渕、川田では試合を組めないのではないか。
組んでしまった何個かの会場は出ていく側(三沢グループ)が出てくれることになったが、それも急場しのぎに過ぎない。

結局新シリーズはインディーズやフリーのレスラーをかき集めてしのいだはずだ。

私は迷いなく川田の残った新日を応援することに決めた。

そして残った川田全日は大きな決断をする。

決して交わらない二つの団体を交流させる。
馬場と猪木が分かれて以降、記憶が確かなら一切交流しなかった二つの団体が交わった。

小さくなったとはいえ四天王の一人が残ったことで実現した新日VS全日。
それは2000年新日の10・9東京ドーム大会で実現した。私はコアなファンではないがこの日付だけは覚えている。
もちろん録画だが試合も見た。雑誌は全誌買った。

今でもあの試合が人生最高の試合だと思っている。
川田に対して当時新日のIWGPのベルトを持っていた佐々木健介。正直健介の試合はファンには申し訳ないが大味な感じがしていた。新日なら三銃士(蝶野、橋本、武藤)がいるじゃないかと思っていた。でも当時ベルトを持っていたのは健介だし、頂上対決は間違いない事実だった。

試合は今でも何度も見るほど強烈なものだった。健介に不満だった自分が間違っていたと思った。
すごい試合だった。そしてとうとう川田が勝った。
最後の抑え込みは、フォールというより川田が倒れて動けない健介の上に乗った感じで将に全力勝負の試合だった。

鳥肌が立った。

やはり川田のファンで正解だった、と思った。

それから交流戦は何度も続いた。全日に武藤、小島が来て川田はフリー宣言を経てハッスルなどのエンタメプロレスにも出ていく。

そんな中、2005年。日付は忘れたがノアに川田は乗り込む。
そしてもう二度と交わらないと思っていた川田VS三沢が実現する。

私は分裂以降ノアはあえて見ないようにしていた。(TV放送は全日からノアに移っていて私は見ないようにしていた)

久しぶりに見た三沢だった。

正直試合は三沢のコンディションが良いとは言えなかったと思う。でもこの二人の蹴りとエルボーの当たる音。えげつない角度で投げる技。全盛期を過ぎた二人の、しかし、全日の黄金期をささえた二人の30分弱の間の交流は説得力があった。


残念ながらそれから数年して三沢は試合中の事故で永眠し、同じころ川田もプロレスから距離を置いたため、もう二度と交わらない線になった。

川田が休養宣言して私はプロレスを全く見なくなった。雑誌も、東スポも買うのをやめた。

先日久しぶりに深夜の新日の放送を見たらほとんど知らない選手ばかりだった。

四天王も現役はいなくなり、新日の三銃士の橋本も他界した。

昭和末期から平成初期の私のプロレス熱の頂点は、やはりあの川田・健介戦だったのだろう。同時にあれがフィナーレでもあったのかもしれない。

プロレスには世間ではシナリオがあるとか(俗にいうブックやアングル)、ガチじゃないとか様々言われるが、そんなことはどうでもいいのですよ、ファンにとって(少なくとも私にとって)。
プロレスが格闘技の中で相対的にどうかなどは興味もない。プロレスが私の中で最強であればいいのであって、それは「何かに比べて」最強である必要がないのだから。
馬場の全日に惹かれるのはそういう意味のない競い合いをしなかったスタイルかもしれない。

なお文中敬称は省略しました。ご了承ください。
01:24  |  日記  |  Trackback(0)  |  Comment(2)

Comment

プロレスって「全日は時間いっぱい戦って引き分けが多く、新日は20分以内で勝敗が付く」というイメージでした。

職場の先輩が新日好きで、大阪府立体育館に何度かプロレスを見に行った事あります。
当時は武藤の髪の毛がフサフサだった時代です。佐々木健介の試合は「しょっぱい」と評されていたのを思い出します。

プロレスをテレビで見て面白いと思ったのはそれより前のザ・ファンクスやブロディーやタイガージェットシンがいた時代ですかねぇ。。。

あと、ハンセンがラリアット(当時はラリアートって言ってましたよね?)を繰り出した特は衝撃的でした。全国各地で真似をする子供が続出し、真似しないように注意されたのを思い出します。
nob |  2016.12.16(金) 00:58 | URL |  【編集】

nobさんへ

>佐々木健介の試合は「しょっぱい」
いわれてましたねぇ(笑)。このブログを書くときも「しょっぱい」と書こうとしたんですが新日ファンではないので躊躇しました(汗)。健介さんはあまりプロレスの評判は良くなかったようで。
ちなみに藤波辰巳さんは私の実家の隣町出身で地元の大ヒーローでございます(笑)。

タイガージェットシンなどの時代はプロレスが本当に楽しいものでした。変に格闘技の色もなく、単純に日本人対外国人とか、善玉とヒールとか見ていてわかりやすく面白かったんですよね。

ラリアートはたしか解説の誰かが言い出した気がします。私はラリアットとアックスボンバーの違いがよくわかりませんでした。実は今でも…(汗)。
でもあれは迫力ありますからねえ。特に外人のは。小さい選手がラリアット食らって首のところを支点に一回転近くしたのを見てやばい技だなと思いました。
ほりまさ |  2016.12.17(土) 06:20 | URL |  【編集】

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